急な耳の痛みや、こもったような聞こえにくさが続き、耳鼻咽喉科を受診したところ、医師から「鼓膜を切開しましょう」と提案され、不安を感じていませんか?
「切開」という言葉の響きから、強い痛みやリスクを想像し、治療をためらってしまう方も少なくありません。
この記事では、中耳炎の治療で選択されることがある「鼓膜切開術」について、その目的や具体的な流れ、痛み、費用、そして術後のリスクや注意点まで、正確な情報を分かりやすく解説します。
鼓膜切開術とは?
鼓膜切開術(こまくせっかいじゅつ)とは、その名の通り、鼓膜を医療用のメスで数ミリほど切開し、鼓膜の奥にある空間「中耳腔(ちゅうじくう)」に溜まった膿や滲出液を、体外へ排出させる外科的治療法です。
手術と聞くと大掛かりに聞こえるかもしれませんが、外来で実施可能であり、処置自体は数分で終了する、耳鼻咽喉科領域では標準的な治療の一つです。
鼓膜切開が必要になるケース
鼓膜切開は、主に以下のような状況において、症状の速やかな改善や重症化の予防を目的として行われます。
急性中耳炎の場合
- 抗生物質などの薬物療法を行っても、激しい耳の痛みや発熱が改善しない場合
- 痛みが非常に強く、仕事や睡眠など日常生活に大きな支障をきたしている場合
- 中耳に溜まった膿の圧力が高く、自然に鼓膜が破れてしまう「自然穿孔(しぜんせんこう)」のリスクが高い場合
滲出性中耳炎の場合
- 薬物療法や自己処置(耳管通気など)を続けても、滲出液の貯留が改善せず、難聴や耳閉感(耳が詰まった感じ)が長期間(目安として3ヶ月以上)継続する場合
鼓膜切開術の痛みについて
処置に伴う痛みは、最も気になる点の一つでしょう。
結論として、処置前に局所麻酔を行うため、痛みはほとんど感じないか、感じたとしても軽微なものです。
麻酔薬の液体を耳の穴(外耳道)に入れ、鼓膜表面に浸透させることで麻酔をかけます。麻酔が十分に効いた状態で処置を行うため、過度に心配する必要はありません。
もちろん、処置中は耳の中で器具が動く感覚や音はありますが、鋭い痛みを感じることは稀です。
子どもでも耐えられる?
なお、お子さんがこの処置を受ける場合についても解説します。
小さなお子さんでも、問題なく受けられる処置です。処置前には大人と同様に麻酔を行いますが、何をされるか分からない恐怖心から、泣いたり動いたりしてしまうことはあります。
そのため、多くの場合は保護者の方にお子さんをしっかりと抱きかえてもらい、頭が動かないように固定した状態で、安全に処置を行います。医師もスタッフもお子さんの対応には熟練しており、処置自体は一瞬で終わるため、ご安心ください。
鼓膜切開術の流れ
医療機関によって細かな手順は異なりますが、一般的な流れは以下の通りです。
- 診察とインフォームド・コンセント:
医師が耳内の状態を最終確認し、切開の必要性、手順、リスクについて改めて説明します。患者が納得した上で治療は進められます。
- 麻酔:
鼓膜表面に麻酔薬を浸した綿などを置くか、麻酔液を直接耳内に注入し、10〜15分程度、麻酔が作用するのを待ちます。
- 切開・排膿:
医師が顕微鏡で鼓膜を拡大視しながら、専用のメスで鼓膜を2〜3mm切開します。その後、中耳腔に溜まった膿や滲出液を、細い吸引管で吸い出します。
- 終了:
吸引が終われば処置は完了です。実際の切開と吸引にかかる時間は、通常1〜2分程度です。
鼓膜切開術の効果は?
鼓膜切開によって、中耳腔の内圧が下がり、原因物質が除去されるため、以下のような効果が期待できます。
疼痛の緩和 | 鼓膜への圧力が取り除かれるため、ズキズキとした拍動性の痛みが劇的に和らぎます。 |
解熱効果 | 炎症の主因である膿が排出されることで、高熱が下がりやすくなります。 |
聴力の改善 | 滲出液が原因で生じていた伝音難聴や耳閉感が改善されます。 |
鼓膜切開術の費用
鼓膜切開術は、公的医療保険が適用されます。
費用は医療機関によって異なりますが、健康保険3割負担の場合、片耳で2,000円〜3,000円程度が一般的な目安です。別途、再診料や処方薬の費用がかかります。また、各自治体によって異なりますが、『子ども医療費助成制度』により一部または全額の医療費が助成される場合があります。
鼓膜切開のリスクと注意点
いかなる外科的処置にも、リスクや合併症の可能性はゼロではありません。事前に正しく理解しておくことが重要です。
切開後に起こる可能性があること
- 耳漏(じろう):
切開した穴から、膿や滲出液、血液が混じった液体が数日間排出されることがあります。これは内部の悪いものを出し切る過程であり、異常ではありません。
- めまい・耳鳴り:
非常に稀ですが、処置の刺激により一時的なめまいや耳鳴りが生じることがあります。ほとんどの場合、短時間で軽快します。
- 鼓膜穿孔:
頻度としては多くないですが、切開した穴が閉じず開いて残ってしまうことがあります。穴が開いているとそこから感染を起こし耳漏が出たり、難聴になる可能性もあります。
切開後の注意点
切開した鼓膜の穴は、特別な処置をしなくても、通常1〜2週間程度で自然に閉鎖します。治癒するまでの間は、以下の点に留意してください。
- 処方薬の服用:
指示された抗生物質などは、症状が改善しても自己判断で中断せず、必ず最後まで服用してください。
- 耳に水を入れない:
入浴や洗髪の際は、耳栓を使用するなどして、切開した耳に水が入らないように注意が必要です。プールや海水浴は、医師の許可が出るまで厳禁です。
- 鼻を強くかまない:
強く鼻をかむと、耳管を通して耳に強い圧力がかかり、治癒を妨げる可能性があります。
- 定期的な通院:
治癒過程を確認するため、医師に指示されたスケジュール通りに必ず再診してください。
まとめ
中耳炎治療における鼓膜切開術について解説しました。
- 鼓膜切開は、溜まった膿や滲出液を排出し、痛みや難聴を速やかに改善させるための標準的な治療法です。
- 局所麻酔下で行うため痛みは少なく、処置時間も数分と短時間で完了します。
- 費用は保険適用であり、術後の穴は自然に閉鎖します。
- 術後は感染予防のため、耳に水を入れないなどの注意が必要です。
「切開」という言葉に不安を感じるかもしれませんが、つらい症状を早期に改善し、慢性化や合併症を防ぐ上で非常に有効な選択肢です。医師から提案された際は、この記事を参考に、自身の状態についてよく理解し、疑問点は遠慮なく質問した上で、治療に臨むようにしてください。